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中国にとってもはや邪魔者になった金正恩の北朝鮮【韓国崩壊2の8】

誅韓論

第2章 極東大激変! 米軍撤退後、韓国は中韓同盟へと向かう!

さて、日米韓だけでなく、時を同じくして中朝関係もまた重大な転機を迎えている。

2011年12月、金正日が死去し、すでに朝鮮人民軍大将に選ばれていた三男の金正恩が後継者として人民軍最高司令官に就任した。

故金正日が核開発を続けていた頃から中朝関係がギクシャクし始めていたが、両者の亀裂が決定的となったのは金正恩就任後だ。

金正恩は中国の反対を無視して、2012年12月の長距離弾道ミサイルの発射実験と、2013年2月の三度目の核実験を強行した。

これに習近平が激昂した。見方を変えれば核ミサイルは北朝鮮が直接中国を脅せる道具でもある。習近平は食料や重油などの供給を一時ストップし、中国四大銀行との取引停止などの金融制裁にも踏み切った。

ただ、そこは中国であり、抜け道はあえて放置するなど硬軟を使い分けた措置だ。

しかしながら、指導者個人のレベルで中朝関係が悪化した事実は否めない。朝鮮戦争を共に戦い抜いた「血の盟友」という間柄も先代で終わった。

習近平は北朝鮮に対してそういう感情はなく、厄介者としか思っていない。対する金正恩もまた、経済制裁を受けたことで、個人的にもっとも嫌っているのは中国と言われる。

こういった指導者間の人間的な反りが国家関係をも決定的に左右するのが、全体主義国家の特徴でもある。

そして決定打となったのが、2013年12月の張成沢の処刑だ。北朝鮮ナンバー2とその派閥が一挙に粛清された。その理由は「国家転覆を企てた」罪だ。

張成沢は、中国内でも最高の中国通であり改革派と認識されていた人物だ。興味深いのはCCTV(中国中央テレビ)が処刑をトップニュースで報じたことだ。共産党傘下の国営放送が北朝鮮にとって否定的な事件を大々的に報じるということは、明らかに同国に対する当てつけであり、非難を込めてのことだ。

処刑劇は張成沢の兄弟と子孫も含めた一族全員に及んだ。張の二人の側近(副首相格)は中国に亡命したという。

張成沢の処刑を皮切りに、北朝鮮は国内の「中国派」をほとんど粛清したと目されている。これで中朝関係の悪化は決定的になったと言えよう。

この金正恩の激怒ぶり、「国家転覆」という罪状、中国派の殲滅、事件に対する中国の反応などから、「張成沢が中国を後ろ盾にしてクーデターを画策したのではないか」という推測が容易に成り立つ。

いくら冷酷な独裁者とて、単に己の専制支配を強化する上で古い取り巻きが目の上のタンコブだという程度では、ここまで徹底した皆殺しをしてまで中国の影響力を削ぐ必要はないだろう。逆にいえば「中国が体制の転覆を謀った」と見てよい。

この事件から分かるように、中国にとって、もはや金正恩体制が厄介な存在になっている。だから、張成沢と中国は、互いに利用する形でクーデターを画策したのだ。

今回は、金正恩がたまたまそれを跳ね返したことで未遂に終わったということだ。

韓国崩壊「誅韓論」目次http://korea-collapse.com/page-94

(「張成沢が中国を後ろ盾にしてクーデターを画策したのではないか」・・・この見方は重要ですね。今では金正恩は核ミサイルを中国にも向けている状態になりました。)

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